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~道の花は強かに生きる~ 4

last update Last Updated: 2025-08-22 06:09:50

「……だからってミチカちゃんを帝都に連れていくつもり?」

 セイレーン王朝を影で支えた国造りの神、ナターシャ神に仕える御遣いとして働くリョーメイにとって、オリヴィエに棄てられた娘はナターシャと同じくらい大切な存在だ。

「そんなことできるわけないでしょう? 女王が乱心するわ」

「彼女がご乱心なのはいつものことでしょう?」

 顔を合わせたこともないのに風評だけで道花がオリヴィエのことをわかりきったように口にする。なんせ彼女のせいで道花はたびたび暗殺者に狙われ危険な目にあってきたのだから。虚をつかれたリョーメイは苦笑を浮かべ、彼女に向き直る。

「ミチカちゃん。あなたが思うほど、女王陛下は感情の起伏が激しいわけじゃないわよ」

「でも……」

 女王オリヴィエがかの国の九十八代目の神皇帝を殺害したのは事実だ。道花のように市井で暮らす民のなかには彼女の異質な容姿ゆえ異界からやってきた幽鬼が神の子を殺めるためにしたのだと騒ぐものも少なからず存在している。恋人に裏切られたがゆえの愚行、そんな風に解釈するものもいる。

 那沙からすればどれも半分正解のような気がする。リョーメイのように素直に女王を崇められない那沙は、国造りの神を越えた海神の眷属がしでかした滅びの尻ぬぐいをさせられているに等しい状態だ。微妙な立場にいる道花の言い分もわからなくもない。

「それよりナターシャさま! ミチカちゃんをセイレーンの七島の外から出してしまったら、セイレーンの結界は誰が護るのです?」

「あたしひとりじゃ不安だというの? セイレーンの七粒だけなら、たいしたことないわ。むしろリョーメイ、あなたこそ珊瑚蓮を帝都へ連れ出すのが怖いんでしょう?」

 那沙はぷうと両頬を膨らませて抗議する。珊瑚蓮、という単語を口にされて、「あ」と道花も目を丸くする。

「……ミチカちゃん。珊瑚蓮のこと忘れていた?」

「はい」

 すみませんすっかり忘れていました。

 道花はリョーメイに責められ、しょんぼりと項垂れる。

「いいじゃないのすこしくらい忘れていたって。珊瑚蓮の面倒もあたしが見ておいてあげるから」

「ナターシャさま!」

 悲鳴に近いリョーメイの声を無視して、那沙はつづける。

「道花は土地に縛られた神じゃないんだから、あたしの代わりに少年王をしっかり見てきなさい。カイジールだってそれを望んでいるし、リョーメイも、わかっていながら心配だからつい引きとめているのよ」

「……那沙」

 道花は優しく言葉を投げかける土地神の前ですこしだけ涙ぐむ。そうだ、那沙はセイレーンの地から出ることを許されない土地神なのだ。ほんとうなら自分が帝都へ向かいたいだろうに、できないから、似たようなちからを持つ自分に頼むのだと、思い出し、前を見据える。

「涼鳴さん。あたしは大丈夫ですよ」

「ミチカちゃん……」

「珊瑚蓮のこと、頼みますね」

 念を押すように口にすると、仕方ないわねと諦めまじりの溜め息をつきながら、リョーメイは淡く笑った。

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